スサノオというのは皇祖神アマテラスオオミカミの弟神とされていますので、それが事実だとすれば高天ヶ原系の神ということになります。ですから、ヤマタノオロチ神話の舞台は出雲とされていますが、筋書としては高天ヶ原からやってきた神が全面的に活躍する物語である訳です。
記紀神話では、オロチに食われる運命だったクシイナダヒメをスサノオが救いだして結婚し、出雲に住みつきます。その子孫の中にオオクニヌシという有名な神が生まれたことになっています。
オオクニヌシは出雲を舞台に成長し、国土を開拓した(…というか、天下を「造った」とされています)偉大な神とされており、出雲神話の主役のような存在ですが、オオアナモチ、オオナムチ、オオモノヌシ、ヤチホコ、ウツシクニタマ、アシハラノシコヲといった数多くの称号や異名を持っているといわれていて、謎の多い神様です。
古事記や日本書紀と同じ頃にまとめられた地誌である『出雲国風土記』では、スサノオとオオクニヌシの血縁関係は特に語られていませんし、ヤマタノオロチも出てこないのです。
ご存知の方も多いと思いますが、高天ヶ原は後に出雲に国譲りを強要することになります。そういった経緯から、オオクニヌシをスサノオの子孫とする系譜を疑う向きも多く、記紀のヤマタノオロチ神話は主役をすり替えているのではないか?という説が出されており、それはそれでもっともな意見であると思います。しかし、憶測だけで話を進めることを避けようとすれば、詳しいことは分からない、というしかありません。
オオクニヌシほどではないかもしれませんが、スサノオは出雲地方でも盛んに祠られている神で、オロチ退治のヒーローとして人気があるようです。
古事記では、ヤマタノオロチには「高志」という地名がついていて、「高志」からやってくるというように記しています。
「高志」というのは、一般的に解釈すると「越」であり、今でいう北陸地方にあたります。理由がはっきりしませんから、そっちの方角から異民族が度々攻めてきたのではないか?とする説もありますが、それほど説得力がある話でもなさそうです。
豊富な神話のみならず、考古学的な見地からも、古代の出雲は他の地域に比べてかなり拓けていて豊かだったと考えられますので、周囲から狙われても不思議ではありませんが、歴史の常識からいうと、むしろ生活に余力がある出雲の方から他所に攻め出すパターンの方が多かったのではなかろうかと思います。
何故に先進地域から後進地域?に攻め出すかを有体に考えると、領土を拡げるためか、労働力を確保するためか、あるいはその両方なのです。
先進地帯の出雲が各地に勢力を広げていったであろうことは、僅かにではありますが、痕跡が現代にも残っています。出雲のリーダーであったオオクニヌシが広範囲に散らばる古い神社の祭神とされていることも痕跡の一つにあげられるでしょう。
『出雲国風土記』には気になることが書いてあります。それはオオナモチが「越の八口」を平らげに行ったとか、「越の八口」を平らげて帰った、と読める箇所があるからです。
しかし、「越の八口」が何を意味するのか、それすら定かではありません。「八口」というのが特定の名称でないとすれば、「八」というのは「数多くの」とか、あるいは「全ての」という意味であろうと思われますが、何のことなのかはっきりしないのです。
京都に詳しい人は「京の七口」という言葉があるのを知っていると思われます。「鞍馬口」「丹波口」「竹田口」「粟田口」「荒神口」等は駅名や交差点の名前として今も残る地名ですが、京と地方を結ぶ道の出入口のことを「口」と呼んだのです。同じような意味を持つ地名は割と全国的にありますので、「八口」の意味の第一候補としては道の出入口であるべきように思われますが、出張して北陸の出入口を平定する意味が今一つよく分かりません。
富山県には「八口」や「八尾」といった気になる地名がありますけれど、特に神話に対応する伝承が残っている訳でもなさそうですし、太古の地名が必ず現代につながっているとは限りませんので、発音や字が似通った地名だけを手掛かりにして考えていくのはちょっと危険です。
興味をひくのは、能登の気多大社という古社に、出雲のオオナムチ神が主神として祭られていることで、社伝ではオオナムチの能登開拓や怪鳥悪蛇退治が語られており、悪蛇というのは大社付近の潟湖のヌシだったのではないかといわれています。
ただし、気多大社の奥宮にはスサノオとクシイナダヒメ(つまり記紀ではオオクニヌシの先祖になる夫婦)が祭られているので、やはり真相はよく分からないのです。気多大社の奥宮は「入らずの森」といわれる聖域の中に鎮座するもので、いくら朝廷に権力があったといっても、現地の祭神をすり替えることは中々難しいのではないかとは思います。
他に、「口」の意味を「国」や「港」「河口」等と考える人もあり、それぞれに説得力があるとは思いますが、文字や言葉の飛躍をしないと成り立ちませんので、何とも言えないというのが実際のところのようです。
ヤマタノオロチと「越の八口」とは、「コシ」と「八」というキーワードが共通している訳です。遺っている記録が少ないので飛び付きたくなりますが、あるいはそれが曲者なのかもしれません。
頭に「8」をつける言い回しは、「八重垣」「八雲」「八千矛」等と神話には頻繁に出てきますし、出雲が十分に大きくなった時代に、他の目立った地域勢力がそう沢山あった訳でもないでしょう。
「越の八口」は、ヤマタノオロチを考える上で忘れてはならないキーワードの一つだろうと思われますが、他の複合的要素を考えることも大事であろうと思います。